『脈経』王叔和譔 (巻第一)⑫ ~脈診の原典~

災怪恐怖の雑脈を弁ず 第十二

問うて曰く、脈に残賊有りとは何の謂ぞや。
師の曰く。脈に絃有り、緊有り、濇有り、滑有り浮有り、沈有り、此の六脈を残賊と為す。能く諸経と病をす。

問うて曰く、嘗て人の為めに難ぜらる所、緊脈何れの所従り来るや。
師の曰く、仮令たといば、亡汗、若しくは吐、肺中寒ゆ、故に緊ならしむ。仮令ば、咳する者、坐に冷水を飲む、故に緊ならしむ。仮令ば、下利する者、胃中虚冷するを以って故に緊ならしむなり。

問うて曰く、翕奄して沈なるを名づけて滑と曰いうは何の謂ぞや。
師の曰く、沈を純陰と為し、翕を正陽と為す。陰陽和合して故に脈、滑なり。

問うて曰く、脈に災怪有るとは何の謂ぞや。
師の曰く、仮令ば、人の病、脈に太陽を得て、脈と病形証と相応す。因りて為に湯を作る。かえころあい、湯を送る時、病者因りて反て大吐し、下痢病の若しにして腹中痛む。因りて問て言く、我れ前に来て脈する時、此の証見えず、今、反って変異す、故に是を名づけて災怪と為す。因て問う、何に縁てか此の吐痢を作すや。答て曰く、或は先に薬を服すること有り、今発作す。故に災怪と為すなり。

問て曰く、人、恐怖の病、其の脈、何にか類するや。
師の曰く、脈形糸を循が如にして累累然たり。其の面、白うして色を脱す。

問て曰く、人、媿者の其の脈は何にか等類するや。
師の曰く、其の脈、自ずと浮にして弱、面形乍に白く乍に赤し。

問て曰く、飲まざる人、其の脈、何にか類するや。
師の曰く、其の脈、自ずと濇にして唇口乾燥なり。

言遅き者は風なり。頭を揺して言う者は其の裏痛むなり。
行くこと遅き者は其の表彊なり。
坐して伏する者は短気なり。
坐して一膝を下にする者は必ず腰痛す。
裏実し、腹を護すること卵を懐うが如なる者は必ず心痛す。
師、脈を持るに病人する者は病無なり。
之を脈するに因りて伸する者は病無なり。
仮令ば、壁に向て臥して師の到を聞きて、驚起せずして目眄視し、若しくは三言三止、之を脈するに唾を咽む。此れ詐り病むと為す。仮令ば、脈自ら和す。処に言う、此の病大重、当に須く吐下の薬を服すべし、数十百処を鍼灸して、乃ち愈ゆべし。


【メモ】
この篇は『傷寒論』から抜き出している。

原文

辨災怪恐怖雜脉第十二
問曰脉有殘賊何謂師曰脉有絃有緊有濇有滑有
浮有沈此六脉爲殘賊能與諸經作病
問曰嘗爲人所難緊脉何所從而來師曰假令亡汗
若吐肺中寒故令緊假令咳者坐飲冷水故令緊假
令下利者以胃中虚冷故令緊也
問曰翕奄沈名曰滑何謂師曰沈爲純隂翕爲正陽
隂陽和合故脉滑也
問曰脉有災怪何謂師曰假令人病脉得太陽脉與
病形證相應因爲作湯比還送湯之時病者因反大
吐若下痢[1]病腹中痛因問言我前來脉時不
見此證今反變異故是名爲災怪因問何縁作此吐
痢答曰或有先服藥今發作故爲災怪也
問曰人病恐怖其脉何類師曰脉形如循絲累累然
其面白脫色
問曰人媿者其脉何等類師曰其脉自浮而弱面形
乍白乍赤
問曰人不飲其脉何類師曰其脉自濇而唇口乾燥也
言遲者風也揺頭言者其裏痛也行遲者其表彊也
坐而伏者短氣也坐而下一膝者必腰痛裏實護腹
如懷卵者必心痛師持脉病人欠者無病也脉之因
伸者無病也[2]假令向壁臥聞師到不驚起而
目眄視[3]若三言三止脉之咽唾此爲詐病假
令脉自和處言此病大重當須服吐下藥鍼灸數十
百處乃愈

注釈
[1] ^ : 仲景痢字作利
[2] ^ : 一云呻者病也
[3] ^ : 一云反面仰視

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底本:『脈経 仿宋何大任本』北里大学東洋医学総合研究所医史学研究部・日本内経医学会
参考:『王叔和脉経』京都大学附属図書館所蔵

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