鍼灸重宝記≫針灸諸病の治例⑥

眼目 がんもく

目は肝の外侯、五臓の精華にして、諸脉は皆目に属す。
鳥睛は肝木、両眥は心火、上下の胞は脾土、白晴は肺金、童子は腎水、の精なり。
暴に赤く腫れ痛は、肝経の風熱、久病昏暗は腎虚、遠く視ことあたはざるは心虚、近く視ることあたはざるは、腎水の虧たるなり。
 巨骨、膏肓、曲池、肝兪、脾兪、三里
 神庭、上星、前頂。
▲熱血目赤きには絲竹空、百会、上星。
▲眥痛み涙で明らかならずは風池、合谷。
▲雀目には晴明、攅竹。
▲疳目には合谷各一壮。
▲赤くただるるには陽谷、太陵。

耳病 みみのやまい

耳は腎に属して、竅を少陽の部に開く。会を手の三陽の間に通ず、腎に関かり脳を貫く、故に腎虚するときは耳聾して鳴る。
両耳腫れ痛み、あるひは膿を出すは、腎経の風熱なり。口苦く、脇痛み、寒熱往来は、少陽胆経の風熱。左の耳聾は、忿怒、胆の火を動す。右の耳聾するは、色慾相火を動ず。両耳倶に聾するは、厚味胃火を動ず。あるひは、気によって閉る者あり、あるひは痰火に因て、耳鳴ものあり。小児耳腫、耳痛、耳停は三陽の風熱なり。各証を詳にして治すべし。
 腎兪、百会。▲耳聾鳴には聴会五壮。▲耳聾、耳痛は、翳風七壮、耳門三壮。
 陽谷、前谷、液門、商陽、少海、聴官、肩貞、ゑらみて刺すべし。

鼻病 はなのやまい

鼻は肺の候なり。和するときは、よく香臭を分別す。若し、七情内に鬱し、六淫外を傷り、飲食労役して、鼻気調はず、清道ふさがりて、病をなす。
鼻塞り、濁涕を流すは、熱邪とし清涕を流すは寒邪とす。香臭を聞かざるは、肺に風熱あり。濁涕、あるひは、清汁をながして止ざるを、鼻淵といふ。乃ち風熱脳をやぶり脳気固からずして、液をのづから滲る也。臭き膿水ながれ出るを、脳漏といふ。面白く、清涕をながし、香臭を聞ざるは、肺虚なり。鼻赤きは、熱血肺に入る、酒渣鼻といふ。鼻頭、紫黒きは、風寒によって、血冷、凝滞して散ぜざるなり。みな症を詳にして治すべし。
▲百会、上星、肺兪、風門。
▲鼻塞るは上星、臨泣に針し、上星七壮、百会、厲兌、前谷、に灸すべし。
▲清涕は人中、上星、風府、又風門に灸。
▲脳漏、臭き涕出ば曲差、上星。
▲久病涕ながれて止ずば、百会に灸して妙なり。
▲息肉には迎香。
▲衂血は風門、風府、風池、合谷、二間、三間、後谿、前谷、委中、申脉、上星、三里。
▲鼻瘡は上星、百会、風府。

牙歯 きば、はのやまひ

夫れ歯は骨の余り、腎これを主る。上の前歯は督脉に属し、下の前歯に任脉に属す。両頤の上齦は、手の陽明大腸、下齦は足の陽明胃の経これを絡ふ。
風を呷ときは、痛みはなはだしきは腸胃に風邪あり。腫痛は陽明の風熱。臭く穢しきは腸胃に熱あり。動き揺ぐは腎元の虚なり。血火に遇うときは沸出て宣露る。熱極り、歯の縫より血出るは虚熱なり。蛀牙は竅あり、腸胃の湿熱なり。走馬牙疳は即時に腐落る。真陰いまだ成らずして熱さかん也。
▲少海、合谷、内庭、四瀆、上廉、太淵、三間、浮白、陽白。
▲歯痛まば商陽。
▲牙痛まば陽谿、少海、曲池、陽谷、二間、厲兌。
▲上牙痛には人中、内庭、太淵、呂細、少海、三里、又肘の上、肉の起るところに灸して妙なり。
▲下歯いたまば、龍玄側腕交叉、承漿、合谷、三間、又腕くびより五寸上、両筋の間に灸五壮して妙なり。
▲血熱胃口にあり、咽歯に引きいたむには浮白、内庭、合谷。
▲頬腫れ牙いたまば、頬車、曲池。
▲虫牙にはいたむ牙のとをりの齦に剌すべし、妙也。
▲虫喰牙にて瘡を生じ、ただるるものは、承漿に灸七壮すべし。
▲牙疳は承漿に針灸。

唇病 くちびるのやまい

経に曰く、脾の栄は唇にあり、唇うごくは風也。乾くは燥なり。裂は熱なり、掲は寒なり、唇腫裂、あるひは瘡を生じ、米泔のごとくなるは瀋という。脾経の風熱也。唇緊口小さくなるを、緊唇といふ。又中気虚損して唇口瘡を生ずる者あり、又陰虚火動して唇燥き裂けて繭の如くなる者あり。
▲唇乾き液あるは、下廉。唇乾き食下らざるには三間、少商。
▲唇動き、虫の行うがごとくなるは水溝。
▲唇腫れば迎香。
▲緊唇は虎口を灸す。男は左、女は右、又承漿に灸三壮すべし。

口病 くちのやまい

経に曰く、脾気は口に通ず。肝熱すれば口酸し。心熱すれば口苦し。胆熱するときも口苦し。脾熱すれば口甘し。肺熱すれば口辛し。腎熱すれば口鹹し。口臭きは内熱、口乾き口瘡は脾熱。
▲口乾は尺沢、曲沢、大陵、二間、少商、商陽。
▲口噤には頬車、支溝、外関、列缺、厲兌、内庭。
▲口眼喎斜ば頬車、水溝、絲竹空、列缺、太淵、合谷、二間、地倉。

舌病 したのやまい

舌は心の苗也。又脾の経絡、舌の本に連る。惟舌の下、廉泉の穴は、腎経に属す。故に心熱すれば舌腫れ、瘡を生ず。心脾熱を重ねて、舌腫れて言語わず。心脾虚して風熱をうけ、気鬱して重舌を出す。心脾熱して、舌胎を生ず。肝ふさがれば血を出す。上に鬱熱をたくはゆるときは、口舌のやまひを生ず。
▲舌緩は太淵、合谷、冲陽、内庭、風府、三陰交、崑崙。
▲舌強は亜門、二間、少商、魚際、中冲、陰谷、然谷。
▲舌黄は魚際。

咽喉 のんどのやまひ

喉は肺に通じて、気の往来を主どる。気、鬱結して、上にのぼり、頚の間に血熱をたくはへ、血余りて喉痺を病む。又手の少陰、少陽の二脉も、喉気に並ぶ。火は腫脹を主る。故に熱上焦に客して咽嗌はるる。或は腫れ痛み、或は瘡を生じ、あるひは紅にはれ、結核、腫れいたみ、或は閉塞り言うこと能ず。倶にこれ風熱、痰火なり。
▲尺沢、瘂門より血をとる。口を開かせて喉の腫れたる所をひねり針にて突ぬき、血をとるがよし。
▲あるひは喉閉、急症には三稜針を少商に刺して、毒血を出すべし。
喉痺には夾車、合谷、少商、経渠、大陵、二間、尺沢、前谷、陽谿。
▲頷腫には少商。
▲咽痛ば風府、妙なり。
▲咽の中、鯁の如くいらつくには間使、三間。
▲咽腫ば中渚、太谿。
▲咽の外はるるには液門。
▲食下らずは壇中に灸せよ。
▲咽の中ふさがるには合谷、曲池。
▲又ふさがりて飲食下らざるには合谷、少商。
▲咽乾くは太淵、魚際。
▲消渇には水溝、行間、曲池、承漿、然谷、商丘、隠白、労宮。

外科門 瘡瘍 かさはれもの

経に曰く、諸痛、痒、瘡瘍は、皆心火に属す。蓋し心は血を主て、気を行らす。若し気血凝滞り、心火の熱を夾んで、癰疽のたぐひを生ず。
大にして高く起るを癰とす。平にして内に発するを疽とす。癤は頭のある小瘡、瘡は総名なり。此の病、多くは魚肉、厚味を食し。安坐して、身をつかはず。色欲を過して、水へり、火盛になり。熱毒、内に攻め、気血を煎熬して成る。
▲癰瘡背に発するは肩井、委中に針すべし。
▲又始めて発せば蒜を片て、瘡の上に貼その上に灸して、疼まざるは疼むまで、疼む者は疼まざるまで灸すべし。発することを覚て、七日より中なれば愈ゆべし。

▲癰、背より出るは至陰、通谷、束骨、崑崙、委中。
▲髪より出るは竅陰、侠谿、陽輔、陽陵泉。
▲髭より出は厲兌、内庭、陥谷、衝陽、解谿。
▲脳より出るは絶骨。
▲腸癰は両肘を曲正して、肘の頭の、鋭骨の端に灸百壮すれば、膿血を下して安し。
▲嚢癰、陰腫には崑崙に灸三壮。久病陰腫るには、水分に灸す。
▲乳癰には天枢、水泉、肩井、臨泣、侠谿。

▲疔はかならず面手足に生ず。
▲面上と口の角に生ぜば、合谷に灸す。
▲手に生ぜば、曲池に灸す。
▲背上は肩井、三里、委中、臨泣に灸。行間、通里、少海、太衝。
▲足には行間、三里、委中、臨泣。
▲掌後横文に灸す。男は左、女は右に七壮。すなはち瘥る。

▲紅絲疔は、頭、手足の間に黄泡を生ず。その中に紫紅の線あり。針を線の処に刺して、血水を去る。しからざれば心に入りて治しがたし。

瘰癧は結核、耳の前後、頤頷、頚喉に生ず。胸脇に生じて、形長きを馬刀とす。小なるを結核といふ。いくらも連るをるいれきといふ。少海(まづ皮の上に刺こと三十六息して後その核の大きさほど針を入れ三上三下して出す)、天池、章門、臨泣、支溝、陽輔に灸百壮。肩井(年のかず)、手の三里、曲池、大迎に灸すべし。

▲痰核は項、臂、腋にありて、紅ならず。痛まず。膿ならず。肩井、曲池に針す。
▲癭瘤には天容、翳風、間使、天突二十一壮。肩髃十八壮。又両耳後髪際灸七壮。
瘊子いぼはいぼの上に灸一壮して水を滴てよし。
▲瘍瘇は少海。
▲癬瘡は曲池、支溝、後谿、崑崙、大陵。
▲癮疹には肩髃、曲沢、曲池、環跳、合谷。

▲便毒は手掌の後の横文より中指の先までの寸をとり、其寸を又横文より臂の方へ向けて、寸の尽るところに三壮灸す。便毒右ならば右の手に灸すべし。

癘風、癩風、大麻風 皆かつたい也

癘風は、天地殺物の風也。陽明の一経に外ならず。初て起るものは、白屑、雲頭、紫黒、疙瘩膿を流し、あるひは燥きてうまず。木、不仁、はなはだしきものは、毛落、眼ただれ、眉脱し、遍身癩疹いで。鼻くづれ、肉陥いり、声唖る、痒きは、虫あり。耳鳴り、膝はれ、足の底穿つ。
▲承漿に灸七壮すれば瘡軽くなる。再灸すれば愈る。三たび灸すべし。
▲又大拇指、觔骨縫の間、約すること半寸。灸三炷、香して毒気を出す。
▲又三稜針にて委中を刺して血を出すこと二三合。紫黒、疙瘩の処も亦悪血を去るべし。一日を隔て一刺すべし。三次刺して血の色変ず。此の如くすること、二十余日して已ゆべし。

損傷 そこなひやぶる

経に曰く、堕墜、折傷すれば、瘀血、腹中に留り、腹満、大小便通ぜず。心腹に攻め上て、悶乱して死する者あり。これを瀉すべし。又皮敗れて血出たるは補ふべし。足の内踝の下、然骨の前を刺して血を出す。止まずんば、大敦より血をとるべし。又足の跗上の動脈の処に、三毛という穴あり。これに針して血を出す。右ならば左に、左ならば右に刺べし。大衝、崑崙も針して血をとるべし。灸は宜からず。

中毒 どくにあたる

凡そ、砒霜石、斑猫の毒。その外もろもろの毒に中る者は、中脘にふかく針して、吐かすべし。又水溝に針して妙なり。

虫獣 むしけものにかまるる

蛇に咬れたるは、その処に蒜の片たるをしき、上に灸三壮すべし。犬に咬れたるは、その咬みたる処に灸すべし。

頓死 にはかにしする

驚きて、死するあり。悲みて死するあり。
▲驚きて死し、心下温かならば、針を医者の口中にてあたためて、兌骨を刺し、しづかに出て、穴をもめば活きかへる。
▲悲み哭て死し、手足冷たりとも、口身温かならば、水溝に針して百会に灸七壮すべし。
▲目神転らず、口に涎なく、舌、卯縮らずんば、合谷に針を刺し、治を施すべし。湧泉、神道、会陰に針すべし。

諸の気付

驚き、肝をつぶし、気を上へとりあげ、絶え入りたるには、三里、三陰交に針すべし。
▲眠るごとく引入るやうに絶入りたるには百会、水溝に針して活べし。
▲腹痛て、絶えたるには、湧泉に針すべし。
▲胸痛んで、絶入たるには、三里に針すべし。
▲気付には合谷、中府、労宮、陽谿みな針してよし。
▲気付には何様なるにも神闕、関元に灸数百壮すべし。
▲魘れ死するには、両足の大拇指の聚毛の中を灸すること三五壮。
▲又魘死一切の卒死に、人中を灸すること三五壮。
▲又臍の中百壮すべし。

溺死 みづにおぼれてしぬる

凡そ、水におぼれて、死したるをば、一夜すぎてもすくふべし、まづ、皀角を粉にして綿につつみ、肛門に入れて、百会、関元に針灸すべし、又臍中に灸すべし。

脉絶 みやくたゆる

脉微細にして尋ぬべからず。あるひは絶えて、有ることなきがごとくは、少陰の経▲復溜の穴に針すべし。円利鍼にて針、骨の処に至り、針を順し下し刺す。陽を回し、脉をうかがひ、脉生ずるときに、しづかに針を出すべし。

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底本:『鍼灸重宝記綱目』(京都大学附属図書館所蔵)
図は画像データより抽出し一部加工